前頭前野とワーキングメモリ
要約と解説(簡潔版)
本稿では「ワーキングメモリ」を中心に、人間の高次認知や行動の計画・実行を支える脳内メカニズムについて論じている。以下にポイントをまとめる。
1. ワーキングメモリの概念
過去の経験を保持する「記憶」とは異なり、未来の行動や認知のプランを考え、それを実行する際に一時的に必要となる情報の保持・処理を担う。
容量は約 3~4 アイテム程度とされ、注意を用いて古い情報を消去・更新しなければすぐにオーバーフローする。
2. 短期記憶との違い
短期記憶が「情報の受動的保持」に焦点があるのに対し、ワーキングメモリは「保持しながら同時に処理・操作を行う」能動的機能である。
注意の制御(実行系)が大きなカギとなり、脳の前頭前野(PFC)が重要な役割を果たす。
3. ワーキングメモリモデル(Baddeley)
音韻ループ(言語情報)、視空間スケッチパッド(視覚・空間情報)、エピソードバッファ(統合的保持)と、これらを制御する中央実行系から構成される。
重要なのは中央実行系による注意配分・制御の働き。
4. 測定方法:RST・LST
RST(リーディングスパンテスト)や LST(リスニングスパンテスト)は「文章の理解(処理)」と「単語の記憶(保持)」を同時に行う二重課題。
処理と保持をどれだけ両立できるかによって個人のワーキングメモリ容量を推定する。
5. 脳活動と個人差
fMRI 研究から、前頭前野(特に背外側 PFC)と前部帯状回(ACC)の連携がワーキングメモリの成績(容量)に深く関わることがわかった。
容量が高い人(HSS)はこれらの領域の結合性が強く、効率的に注意配分ができる。容量が低い人(LSS)ではこの連携が弱い。
6. 高齢者のワーキングメモリ
加齢により容量が低下しがちだが、個人差も大きい。
注意制御に ACC ─ PFC 間の連携が必要である一方、高齢者では追加で上頭頂小葉(SPL)など別の領域が補助的に働く例も見られる。
方略の工夫や訓練で一定の改善が可能と示唆される。
総じて、ワーキングメモリは
「脳のメモ帳」とも呼ばれ、情報を一時的に保ちながら同時に処理するための動的なシステムである。容量の制約や個人差、高齢化による変化などの観点から、前頭前野を中心とする脳内ネットワークがそのメカニズムを支えていることが明らかになってきている。