「やりたい」を集合であるかのように描いてしまうことがしばしばある
この絵がミスリーディングかもしれない
「やりたいこと集合」が存在するのではなく「やりたさ軸」が存在するのではないか
意識に上った行動の選択肢の中から、一番やりたいものが選ばれる
だからできることが広がることでやりたいことが生まれるということも起きる
そう考えると「やりたいことは何?」という質問自体がミスリーディングかもしれない
「やりたくないことを考えてみよう」
やりたいことがあろうがなかろうが何かやってる
「楽しいことは何か」の方が有益な質問かも?
「やりたいことが見つからない」という人
「やるべき」(他人がやると良いと考えたことの集合)や「できる」(できることの集合)は集合だが、「やりたい」も同じだと考えるのはミスリーディングなのでは