from /villagepump/ヒューム的懐疑 因果関係に理性的な根拠はなく、単に因果関係があるように感じているだけなのでは?という考え方
観察と経験から因果関係が帰納によって正当化されるということはありえない。 なぜなら、帰納の根拠となる自然の自然の斉一性の原理は実際に観察も経験もされず、論証されることもないからである。
自然の斉一性原理(しぜんのせいいつせいげんり、 principle of the uniformity of nature)または単に斉一性原理とは、科学哲学の世界で用いられる言葉で「自然界で起きる出来事は全くデタラメに生起するわけではなく、何らかの秩序があり、同じような条件のもとでは、同じ現象がくりかえされるはずだ」という仮定
確実な知に人間本性が達することが原理的に保証されていないと考えるものの、ピュロンのような過激な懐疑は避け、セクストスの影響を受け、数学を唯一の論証的に確実な学問と認める比較的緩やかな懐疑論を打ち立て、結果的に人間の知および経験論の限界を示した。
ある2つの事象(A, B)は互いに作用を及ばさないけど、Aが起きた後にBが起きるみたいなことを人が見た時に、AとBに因果性を見出してしまうってこと?
9:00に閉店するスーパーAと、9:15に閉店するスーパーBが隣接していた時、スーパーAが閉店したらスーパーBが閉店するんだ(因果関係)と解釈してしまう人もいるかもしれん
「Aが起きた後にBが起きるみたいなことを人が見た時に、AとBに因果性を見出してしまう」この範囲がYes
「因果性」という言葉を使わずに説明すると、
実際にこういうことはよくあると思うので、ヒューム的懐疑をすると当たることも結構ありそう