from 日記2024-04-30 実体化コストが下がった場所には瞬間移動できる
nishio 「今いる場所が津波で水没するかもしれない」と思って移動する人と、「きっと大丈夫」とか言って移動しない人とがいて、移動してみると比較的に若者が多いんだよね。若者は過去の経験が少ないので、意思決定における現状維持の力が小さいから。
takiuchi: 日本の閉塞感ってほとんど全部高齢者の増加によるもので、高齢者が多い領域に近い人と遠い人でこの辺の印象が随分変わるような気がする x.com/kensuu/status/…
nishio ただ、この「移動」を「物理的移動」に例えることには問題がある。物理的には自分がいる場所は一つなんだけど、この「移動」は複数の場所に合計1になる重みで分散して存在することができる。物理的メタファーに囚われると「どちらに行くか」という視野狭窄が起きる。両方に行くことができる
nishio 離れたところに移動することにはコストが掛かるんだけども、そのコストの構造は物理的移動とこの移動とで少し異なっている。ある場所に居続けること(=その周囲を探索する時間)に応じて、その場所で実体化するためのコストが下がっていき、十分にコストの下がった「位置」には瞬間移動ができる
nishio 実体化率が上がると、その周辺で何が得られるのかや、その辺りの人に何が必要とされてるのかがわかるようになってくる。「存在することが肯定される感覚」が生まれる。逆に、実体化率が低いところに人を無理やり移動させると、その人は居心地が悪く感じる。存在が肯定されないからだな。
nishio 自分から見て「津波が来る可能性がある」と思ってる領域に「津波が来ないと思う!ここに留まりたい!」と言ってる人がいた時に、どうするべきなのか。
context
kensuu 完全に感覚値だけの戯言なんですが、
90年くらいは日本の国力がすごい高かかった。特に経済。電化製品なども日本製ばかり。や本も日本人は日本製を好んでいたが、海外はほぼ無視。政治はあまりワークしていない感じ。
2000年くらいは衰退の気配があったが、日本製のインターネットサービスが楽しかった(2ch / はてな / mixi / ニコニコ)。エンタメは映画も音楽も、よりうちに閉じてきている感覚があった。
2010年代は、いろいろな面で、グローバル企業にメタメタにやられた。国力が低下しまくっている感じがしてもうダメ感を感じてた。絶望に近い。国民は海外勢のスマホを使い、エンタメもNetflixなどのグローバルコンテンツが人気に。音楽やアイドルも韓国勢の勢いがすごい。
2020年代になってから、エンタメもグローバル化に成功しクオリティがとても上がり、スタートアップやサービスも海外に通用するレベルになりつつある。他国と比べてまだ十全とは言えないが、復活の兆しはすごく感じる。政府や大企業の動きも、00年代から10年代よりも、はるかに良くなっている。
みたいな感じがあって・・・。
2020年代になってから、すごく急速に日本が良くなっている感覚があるんですよね。。2000-2010年代の20年とかは、結構絶望的な感覚があった。
Shoggoslime 私も同じ感覚なのですが、それとほぼ完全に整合するGDPデフレーターという指標があったりします。