例えば二人の対話では、対話を進めるうちに言語化されてなかったものが言語化されたり双方の知識が増えたり新しい気づきがあったりするので、後の方ほどより豊かな世界描写のはず
時間軸順のチャットログや議事録は、その過程での時間の流れを追体験するのには向いている しかし「重要なものを先に持ってくる」ことではない
たとえばKozanebaで、時間軸の逆順で、新しい発言から順に配置していったらどうなるか?
感想
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間を埋めるものを考えた結果「シチュエーション=目的」と「顧客は本当にそれを求めているか?の拡大」が行われた
KJ法発表後の川喜田二郎が探検学と言い出したのも、結局のところKJ法をやるための前段階の部分が方法論化されないとKJ法で新しい構造を生み出す以前の問題だからだ
現代社会人にとっての一番身近な探検とは土地勘のない文書の読解であり、それは第一歩としては既存の構造の内面化なので、いきなりすべての構造を捨てるやり方にはマッチしない
川喜田二郎もフィールドワーク=探検によってデータを集める
手前に探検のプロセスがある
守破離でいうことろの守が終わっていることが前提で、
その状態から離に至るためには既存の構造を手放す破が必要なのであって
いきなり破をやっても有益ではない
顧客が現代の社会人であるから
コストとリターンの関係にセンシティブ
最初のリターンが観測されるまでに投入するコストが小さいことが必要
まったく新規の構造を生み出すことより、既存の構造を理解して「このアクションをすると一石二鳥です」というリンクの発見をすることの価値が高い
→これはなぜか?
→個人事業主的な研究者と違って組織でチームワークしている場合、アクションの実行フェーズにしばしば他のメンバーの理解が必要で、既存の構造と独立した新たな構造は理解のコストが高く、それが捻出されなくて頓挫しがち
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過程を記録して振り返ってみたら「間を埋めるものは何か?」という問いを無意識に発していることがわかった
最初に記録してた時には「加筆」(対象を整理している過程で対象と関連のある新しいものが出現したのでそれを対象に追加した)としか書いてなかったんだけど、それが発生している時はだいたい分かれてるグループの間をつなぐものが作られている
その間の関係を記述しようとして不足に気づく
自覚してないけど書いてるじゃん
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「近接で関係を表現する場合」に既存の構造があると新たな構造を作るのが難しい
それは「動かすこと」が即座に「既存の構造の破壊」であって、「壊れつつある既存の構造」と「作られつつある新しい構造」が区別なく渾然一体として表現されるからです
Kozanebaを使う過程で「Kozanebaのリリースノート自体をKozanebaで整理したらサンプルとして良いのでは?」と思って試してみて、僕の力量でも「一度時系列で構造化されてしまったデータからその構造をシャッフルすることなく新しい構造を生み出すこと」は無理でした。
それがなぜなのかを考えた結果「近接しか関係の表現方法がないのがいけない」と考えて線を引く機能が追加されました
ここからまだ千切れてる塊の間の関係を記述していきたい
グループ化とかした時にレンダリングに2秒かかる
こざねやグループの総数は600を少し超えたところ
途中
データ追加
川喜田二郎
「知」の探検学 取材から創造へ
1章 なぜ取材学が必要か
4節 新たな隘路としての取材学
KJ法が表面的に普及しつつあるにもかかわらず、それはどうもまだ本格的に使 いこなされているとは思えない。ひとりでは達者に使いこなしている人びとがかなりあらわれつつあるが、組織としてみごとに駆使している例は、今なお暁の星よりも稀である。なにがその隘路なのだろう。...KJ法の素材になる元ラベルのデータの質が悪いと、結果はどう救いようもないものになるわけだ。...取材活動といってもよいし、 フィールドワークといってもよい。そのフィールドワークのやりかたや訓練が、多くの職場でひじょうに不足しているのである
p.78 探検ネットの誕生
ブレインストーミングの記録
箇条書きはKJ法と調和しない
テーマを中央に書いて周囲に書くことにした
意味の近い発言は近くに置く
やってみたらゴチャゴチャ
発言記録の島の間に関連線を引いた方が明快になる
類似の発言をさらに島どりし、粗く表札をつけていく
つまり、ブレインストーミングの最中に出てきた発言を対象として追加しながらKJ法をしているわけだ
1966年に川喜田二郎が「発想法」で説明したKJ法は、グループ編成のフェーズでは付箋の間の関係は近接によってのみ表現され、離れたものの間の関係は図解化フェーズまで行わなかった。
1977年の「知の探検学」では、KJ法の手前にある情報収集フェーズが新たな隘路だと述べた。
その問題に対する解決法の一つとして説明されている「探検ネット」では、情報収集の過程で近接配置だけでは整理に不足で、線を引いた方が明快だと述べている。
またKJ法を6ラウンド行うことを提案している。
つまり、1ラウンドのKJ法の前半において線を加筆しないで近接のみによって関係を表現していたのは、積極的に「線がない方が良い」と考えていたのではなく、当時の技術で「線を引くこと」と「自由に動かせること」の両立が困難だったから自由に動かすことを重視したにすぎない
囲みや線を引いてグループとその間の関係を明示し、それを一次元化するところまで行って一ラウンドであり、それを繰り返すべきだと考えていた、これはつまり関係の明確化が行われた後にまた動かすフェーズがあることにメリットを見出していたということ。当時は模造紙にペンで書いていたから再度動かす手段がなかったというだけにすぎない
Kozaneba中の気づき
反論の余地のないキーポイント「川喜田二郎がKJ法を提案した当時、付箋を自由な位置に動かして近接によって情報を表現することと、付箋の間に線を引いたり囲み線で囲ったりして付箋の間の関係を表現することを、同時に行うことは困難だった」
Kozanebaではできる
これを雑に「KJ法ではできなかった」というと「A型図解化フェーズでやる」と反論がくるので「同時に行うことが」を強調する必要がある。同時にできないからフェーズが分かれていたのだ
既存の構造を捨てる捨てないの二択を迫られ「新しい構造を得るためには古いものを捨てる必要がある」となったのは、両立させる手法がなかったから
全部つながった