極限としての理想
極限としての理想が達成不能であったとしても理想の達成に向けて改善していくことの有用性とは無関係
「達成できないなら達成のための活動は無益」と考えるのは有害な完璧主義
数学的な表現
- xは大きい方がいいとする
- 「xに+1する行為」はxを大きくする
- いくら+1をしたとしても大きさの極限としての「無限大」に到達することはない
- だからといって「xに+1する行為」が無益になるわけではない
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「すべての人の意見を取りこぼさない」が現実的に可能か
- すべての意見を「受け取る」ことはできるが、情報量が多すぎて個人にインプットできない
- 要約や可視化は、何らかのデータは捨ててしまうので「すべての意見を取りこぼさない」は現実的に実現できない
- でも、SNS上で生の意見を見るのではトップ2〜3件のクラスタに属する意見で視界が埋め尽くされてしまってマイナーな意見が埋もれるのに対して、クラスタにすればより細かいクラスターにアテンションを向けられるようになる、という点はメリット
- 「すべての意見を取りこぼさない」という理想の実現は困難だけど、その理想に向けて「より多くの意見を拾う」改善の方向に進むことは現実的に可能
- 大勢の人の意見をなるべく取りこぼさないようにする技術的支援
#盲点カード候補
プラトンの「イデア論」では、理想形としての「イデア」は実際には到達できないが、その理想を追求することに意味があるとされています。同様に、アリストテレスの「徳倫理学」では、完全な徳に到達することは難しいものの、徳の実践や向上そのものが重要とされます。
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