瞑想で座る必要はない
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from 独断的瞑想解説
「刺激が入ってくる量を減らす」が大事
- そのための手法として座ることが選択肢の一つ
- 風呂でのんびりするのも歩くのも選択肢
瞑想で座る必要はない
- たぶん坐禅のイメージで座るものだと思い込まれてる
- だけど歩く宗派もある
- 例えば風呂に入って何も考えずにぽけーとしてる状態でも心は鎮まってる、これは瞑想の一種
- ブッダが坐禅によって悟ったとしても、それを理由に「座ることが必須だ」と考えるのはおかしい
- 座り慣れてない人を硬い床に座らせて尻が痛い足が痛いと「苦しみ」を感じる状態に追い込むのは苦行である
- そもそもブッダの時代と比べて現代人は大部分の時間を座って過ごしている
- 座りすぎて健康に悪いと言われるレベル
- その状態からさらに座っても、あまり「普段の生活との切り替え」の効果はない
- むしろ激しく運動してから休む方が本来の「坐禅」に近い
- 30分運動してから30分くつろぐクンダリーニ瞑想ってやつもある
- さすがにTwitterを見ながら瞑想はできないと思う
- つまり「刺激が入ってくる量を減らす」が大事
- 浴室も、何もないなら刺激は少ないから瞑想向き、Netflix再生したら瞑想はできない