「学ぶ」と言うとき、暗黙に「知識は自分の外にあり、それを自分の中に取り込む」というイメージを持っていませんか?しかし、自分の外にある知識、たとえば教科書に書かれた知識は、「すでに誰かが作り出して流通させている知識」です。知識は複製ができるので、その知識が流通している時点で、すでにその知識を持っている人は何人もいることでしょう。ということは、外の知識を取り込んでも、その知識では、差別化につながりにくいのです。 一方、実際の応用の現場で必要に応じて生み出された知識は、流通しておらず、現場の状況にフィットした価値の高い知識です。つまり、知識を持っていることではなく新しい知識を生み出す力が、価値の源泉なのです。具体例で考えるとこれは当然だと思えるでしょう。プログラミングの教科書に書かれたことを丸暗記しても差別化にはならず、状況に応じて新しいプログラムを生み出す力が価値の源泉なのです。当然ですよね。この「生み出す力が価値の源泉」という考え方が、プログラミング以外の領域にも当てはまるのです。 エンジニアの知的生産術 p.243 (7.3) 知識を創造する
知的生産とは、知識を生み出すこと
知的生産の定義とそこから見えてくる「心がけ」 | シゴタノ! 知的生産に関してすっきりとまとまっている記事
知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら──情報──を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ
かつてGoogle翻訳で訳したときはintellectual productionって訳されて、なんかしっくりこないなーと思ってた。
知的生産は言語的に定義しなくてよいと思っている。ヴィトゲンシュタインのゲームの定義と同じ
ドラッカーの知識労働者の概念を絡めるとよいのではないかな
知識労働者が生み出すのは、知識、アイデア、情報である
知識とはなんであるか
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