知識体系化の意義・意味が変わるのでは
u_g_cccc どうせ要約されるしって前提で文献(広い意味で)は書かれるようになって文量として短くなってゆくのでは そうなると知識や情報を体系化するということの意義/意味が根本から変わるのでは
『ワーク・シフト』の著者Lynda Grattonは、Wikipediaなどの「知識を提供するサービス」が現れると、そういうサービスが提供する知識は誰でも手軽に入手できるので、その知識を知っていることの価値が暴落すると考えました。そして、そういうサービスが提供しないような知識を持たなければ市場で生き残れなくなると考えました。
私は情報提供サービスが現れることで、著者が「こんなことは紙面を割いて解説しなくてもインターネットで検索すればすぐにわかることだな」と考え、読者に期待する知識の水準が上がると考えています。
この本を書いている 2017 年現在、Wikipedia の記事の質は日本語版と英語版で大きな差があります。もしこの影響で英語圏の著者が書く本の想定知識水準が上がると、日本人がその翻訳書を読んだ場合の理解にかかるコ ストが高くなってしまいます。日本人が英語の Wikipedia で基礎的なこと を学ぶ必要に迫られるのか、機械翻訳が差を埋めるのか、どちらになるかは私にはわかりません。
まとめ