NISHIO Hirokazu[日本語][English]

絵を描いてるとき、言語的思考のウェイトが下がる

from 日記2025-09-13 絵を描いてるとき、言語的思考のウェイトが下がる ユースケースと切り離された設計のこの絵を描いてるとき言語的思考のウェイトが下がってた

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  • 何が起きてるのか興味深い

描いてから見て観察する

  • そして発見する
    • ABCが1の段階では元々同じ組織の人であったという経路を無視すれば、2と3に違いはないのでは?

図解に言語的記述を入れないことがしばしばある

  • これはエンジニアの知的生産術を自分で英訳してみて、図解に直接日本語が書き込まれてると翻訳が面倒だなと思ったから
  • Cosenseに日本語を含まない図を書いて、下で説明しているスタイルは下の説明を機械翻訳すれば理解できるからね
  • このスタイルをしばらくやってきたことによって、図を描いてるときに「説明は後でテキストで書くので」という気持ちになる
    • 直接言語で説明を書き込んでいるときと違った知的生産条件
    • 言語を使わない制約化での思考の表現
    • 言語でない形で表現したアウトプットを見て修正する非言語的フィードバックサイクル

関連

過去の自分はKozanebaを「伝えるための図ではない、考えるための図」と表現している

  • 確かに、付箋の配置をしてるときも少し言語的思考から離れてるときがある
  • ただ、一般的にラベルには言語が書かれてるから、言語から自由になってる感じはないなぁ

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