自分という存在の自分にとっての価値はありとあらゆるものより高い
「社会にとっての価値」は曖昧概念である
具体的な他人Aさんを想定すれば「Aさんにとっての価値」は意味のある概念になる
from /villagepump/インポスターシンドローム
何かを達成したときに、それを振り返ってみると、誰でもできそうなことの積み重ねで構成されていて、大したことじゃないと感じてしまう
できた後で振り返ると道が見えるけど、できる前には道は見えてないんだよな〜
これを見て連想したけど、僕は割と「観測事実として私がやったもののリストはこれです。それを高く評価するのか低く評価するのかはあなたの仕事であり私のではない」みたいなことを考えてる気がする
そもそも自己評価をしない?のか
なるほど、自己評価をしてないのか?
「この方は自分のことをそのように評価してるのだなあ」とそのまま受け取る
自分の場合、/blu3mo-public/自分からの声を少し弱めて、他者の声を素直に受け止めてみるのが多少出来るようになって脱却できたと思っている
他者からの評価を素直に受け止めてみるというのは、そこに合わせて努力するという意味ではなく「この方は自分のことをそのように評価してるのだなあ」とそのまま受け取るという意味です。
その評価はあくまでその人の評価に過ぎなくて、そこにもしもあなたが至っていないとしても、あなたの責任ではありませんし、あなたがそこに至らねばならない理屈はどこにもありません。
自分からの声を少し弱めるというのもわかりにくい言い方でしたが、いままでと違う方向に(試しに)行ってみるということです。あなたの内なる声がたとえば「こんな分不相応な評価を受けてしまった!このまま進んだら自分は嘘つきになってしまう!必死にギャップを埋めねば!」といったとしても、
「いやいや、そうそう焦りなさんな。潰れてしまっては評価の何もあったもんじゃない。マイペースで着実に行こう」と自分の「声」を押し返してみるのです。