NISHIO Hirokazu[Translate]
ベクトル
世の中的には「ベクトルは矢印」とか「ベクトルは向きと大きさを持った量」みたいなメンタルモデルが主流だと聞いてびっくりした話。


1764年のA New and Complete Dictionary of Arts and Sciences
vectorの説明があるが「天文学用語、惑星と中心(または楕円の焦点)を結ぶ線」となっている。
また由来が書いてあって、惑星がその線によってcarryされているように見えるから、とのこと。
ちなみにvectorってのはラテン語でcarryって意味。

1816年のEncyclopaedia Perthensis
Radius Vectorという熟語が出てくるが、vector単体での出現がない

1855年に書かれたニュートン力学の解説本
vectorという単語が出てくるが、"radius vector"という熟語の形でしか出てこない
式を見る限り今で言うところのベクトルとは違う
rは今の言葉でいうと"楕円の焦点と楕円上の1点を結ぶ線分の長さ"

1687 ニュートンのプリンキピア・マテマティカ
1835 ハミルトン、負の数の平方根を用いない複素数の定義
1843 ハミルトン、複素数を一般化して四元数を定義、ベクトルという言葉で虚部を呼ぶ
1878 クリフォード、内積と外積の概念を発明し、四元数の積と同等のことが3つの数字の組に対して定義できることを示す
1881 ギブス、電磁気学の教科書を書くにあたって、四元数の虚部(vector部)の3つの数の組だけ切り離して使う
今我々がベクトルと読んでいるような、3次元以外の「矢印」がベクトルと呼ばれるようになったのはもっと後の話。
1636 幾何学の一分野としてアフィン変換が研究される
1857 ケーリー、アフィン変換を含む線形変換が行列で表現
同年、グラスマン、研究の過程で線形独立、スカラー倍、次元、の概念を作る
1888 ペアノがベクトル空間のモダンな定義を行う
この辺でようやく、今で言うところのベクトルが定式化される。

GibbsによるElements of Vector Analysis (1881)
序盤は今のベクトル空間の定義に近い
しかし3つの単位ベクトルがあると言い始めて、暗黙に3次元空間を仮定していることがわかる
P.5でベクトルに対する2種類の乗算を定義する
そしてこの結果
四元数に帰着する

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