LLM Wikiは人間が読みやすい言葉であるべきか
あなたが GPT に聞いた問いはこうでした:
「Wiki を、人間が読みやすい言葉で書くべきか、AI が読みやすい言葉で書くべきか?」
GPT の答えを一言でいうと:
「大元は人間が読める文章で書け。AI 用の形式が欲しければ、そこから自動変換すればいい」
あなたは 6 月にこう考えていました:
「今 Markdown で書いているのはたまたま今の道具に合っているだけ。将来は、大元のデータは AI 向けの形式(人間には読めなくてもいい)になり、人間が読む Markdown はそこから作られる表示用になるだろう」
GPT の提案はちょうど逆です。「大元は人間が読める形、AI 向けはコピー」と言っている。
ここで面白いのは、GPT が持ってきた研究の一つ(Abstract CoT)がこの対立の審判になることです。その研究が示したのは:
人間に読めない記号で AI に考えさせることはできる。ただし、その記号を使えるように特別に訓練したモデルでだけ。
つまり「人間に読めない形式」で大元を書いてしまうと、そのデータは特定のモデル専用になってしまう。あなたの Wiki の狙いは「将来のもっと賢いモデルに知識を引き継ぐこと」なので、モデルを乗り換えたら読めなくなる形式を大元にするのは、狙いと真っ向から矛盾します。

ここは「まったく意味のない抽象トークン」と「LLMが試行の過程で選んでしまった自分にとって馴染みのない用語」を区別すべきだと思う。
なので結論はこうなります:
あなたのテーゼの「将来は AI 向け形式になる」のうち、「人間に読めない形式(latent/embedding)を大元にする」方向は分が悪い
残るのは「リンクや関係を明示したグラフ構造にする」方向。これは人間にも読める。「AI 向けにする=読めなくする」ではなく「AI 向けにする=関係をはっきり書く」だった、ということ
embedding は捨てなくていい。ただし大元ではなく「検索の補助として、いつでも作り直せるコピー」の位置に置く
GPT は「Wiki の書き方は AI の思考を縛らない。参照できる材料を提供するだけだ」と言いました。
でもこの「縛るか、提供するだけか」の二択が雑です。あなたの Wiki の実体験は、その中間の効果を示しています:
Wiki にページを作って名前をつけると、その名前が実際に会話や思考の中で使われる言葉になっていく
「一覧性」「納得」のような言葉は、単なる説明の道具ではなく「何を目指すか」そのものを作っている(「一覧性」という言葉が無ければ、一覧性を狙うことすらできない)
つまり Wiki の言葉は、強制はしないけれど思考をそちらに引っ張る。そしてそれこそが LLM Wiki が効く理由そのものです。GPT はこの一番大事な効果を「制約ではないから関係ない」で片付けてしまった。
しかも GPT 自身が引用した研究(「意味のない言葉を禁止しただけで成績が変わった」)は、「表面の言葉づかいの変化が思考の経路を変える」ことの証拠であり、自分の主張を自分の引用が掘り崩しています。GPT はそこに気づいていません。