from /villagepump/コミュニティ自体は単一性が高い方が面白いか? from スルーが許されるコミュニティ コミュニティ自体は単一性が高い方がむしろ面白いか?
チャットログ
立川 智也(以下T): コミュニティ内で多様性を保つ必要は無く、コミュニティ自体は単一性が高い方がむしろ面白い。個人が複数のコミュニティに属して、その人の中で多様性を保つ方が面白い。
nishio(以下N): 単一性の高いコミュニティとは何か
T: 知識がかぶってて、「アレなんだけどさー」で通じるみたいなイメージ
N: もし参加者がみんな似ているという定義だとすると、その中に参加してる自分ももちろん似ているので、自分がコミュニティAとBに所属してるなら、AとBも似てることになる
N: 結局それって「知識が高濃度に共有されてるコミュニティが楽しい」だよね
T: そうですね
N: 仮説: 立川さんが「参加者全員が楽しめるべきだ」という考え方であるため、知識の高濃度共有がない場合に、知識のない人に合わせた通訳や話題のコントロールが行われて面白さをスポイルしてしまう
T あーそれはその通りですね
N: 音声での同期的コミュニケーションを暗黙に想定してるでしょ
T: あーしてますね
N: 「興味がないことは読み手が読み飛ばせばいい、話し手に読み手の期待にそう出力を要求するな」というカルチャーのコミュニティはある
T: それ、話し手が誰も興味を持てない話題を提供したら全員が読み飛ばすんですか?
N: うん
T: そうすると、その話し手は自動的にコミュニティから抜けると
N: オンラインのコミュニティは参加非参加の境界が曖昧だから可能なんだな
T: あーわかった「コミュニティ」という箱に違うものを放り込んでる可能性ありますね
N: 立川さんのコミュニティに対する期待水準が高い
T: これは賛成でコミュニティに対する期待というより、オーナーシップという方が近い感じです
N: 立川さんはコミュニティを「自分が改善することのできる対象」と捉えてて、一方で大多数の人間は「そこに自然にあるもの」と捉えてる
T: なるほどー
N: 少なくとも地縁的コミュニティは自然発生すると思う、そのかわり「同じ場所にいる」という理由だけでつながってるので、去れば切れる。そうではない「離れてもつながり続けるコミュニティ」を作りたいという意思がある場合にその目的で立川さんのいうコミュニティが作られる
T: 僕の考えはそこは違ってて、例えば大学同級生のコミュニティでも、誰かが何となく「同級生なんだから仲良くしたいなー」という感覚を持ってなければ発生しない
N: それは「仲良くしたい」という意図を共有している人のコミュニティしかコミュニティとして認めない立川さんの期待の高さを反映してる
T: 分類はともかく、仲良くしたい以外の目的があるというのは確かに
能動的には入って行かないけど、巻き込まれたら少し関わってみて、不快でなければ定着する、というタイプの参加の仕方もあるね