0xtkgshn 一般論として、倫理とか哲学、思想の本は本だけでは解釈できないなと。文字でしか無いので、それをどう経験と交流含めて広く読んでいくかが味わい深いなと思った。(「利己主義という気概」、自分が薦めてはいるものの会話の中でより深まる)
0xtkgshn 「誰もが欲しがらないクリスマスプレゼントを交換する」ような利他主義をベースに世界を認識するのはしない方がいい。自分もだし、他の人もしない方がいい、一旦それをやるとキリがなくなるし逆にコーディネーションが難しくなる。そして唯一コーディネーション出来るのは、利己主義。
0xtkgshn 自分を満足させるためにやるべきことをやらなければいけない。そして、利他主義に見えるのは優しさではなく”自分がやりたいから”と思い続けなければいけない。相手のことを思ってると解釈しながらやった瞬間に変な期待値を産んでしまう。全員が利己主義的に交換をしてたら生まれない。
/tkgshn/利己主義という気概 [/tkgshn/「 利己主義という気概 」読書メモ](https://scrapbox.io/tkgshn/「 利己主義という気概 」読書メモ)
2024-08-30 原題はThe Virtue of Selfishness: A New Concept of Egoism
「利己的」ってイコール「邪悪」みたいに思ってる人がいるけどおかしくないですか〜という主張
価値のあるものは人間の活動によって生み出される。
利己主義を攻撃することは、人々が自分を大事にすることを攻撃することになる
訳者コメント
利己主義とは
長期的視野に基づいた合理性がないと生き延びられない
ランドが12歳の時、二月革命(1917年)が起きた。...その後の十月革命と、ウラジーミル・レーニンが指導するボリシェヴィキの独裁確立により、ランドの一家はそれまでの快適な生活を破壊された。父の薬局事業は没収され、一家は転居を強制された。ランド一家はロシア内戦中白軍の支配下にあったクリミアに逃れた。...ランドが16歳でクリミアの高校を卒業した後、一家はペトログラード(旧サンクトペテルブルク)に戻った。ペトログラードでの生活条件はひどく、時に飢餓寸前の状態に陥った。
互いの獲得した価値を合意の元で交換する互恵的関係が理想
この道徳の実践を擁護するのは資本主義である、個人間の合意に基づく交換に干渉し規制する体制は邪悪である
個人の生き延びる権利と所有権を保護するのは夜警国家である
暴力の心配がなくなると、生産に専念できる
政府運営資金はサービスに対する国民からの自主的支払いであるべき
自分の努力によって獲得することなく、価値あるものを入手しようとするなかれ!
真善美の定義に関して、プラグマティズムは「自分の人生に有益な知識が真」とするわけだが、アイン・ランドの利己主義は「自分の人生に有益な行為が善」とするわけだ
ここでいう利己主義は理性的で長期的なもので、短期的な欲望で行動して後で損をするような行動はNGなわけなので、世の中で「利己主義」と呼ばれてるものより狭い気がするな
訳者コメント: 哲学に自己啓発的指針を接続させている
訳者コメント: アイン・ランドの客観主義は自由主義の中でももっとも自由至上主義的なリバタリアニズムに属すると考えられている 本人は自分をリバタリアンとは考えていない
アダム・スミスに対する原子論的・個人主義という批判は誰がやってますか
アダム・スミスに対する「原子論的・個人主義」という批判は、主に19世紀以降の社会主義者や経済学者、特にマルクス主義者から行われてきました。例えば、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは、スミスの経済理論が個人主義的であり、社会全体の関係や構造を無視していると批判しました。彼らは、スミスの経済学が社会的・歴史的な文脈を欠いているとし、そのために資本主義社会の問題を十分に説明できないと考えました。
また、現代の経済学者や社会科学者の中にも、スミスの理論を「原子論的個人主義」として批判する者がいます。彼らは、スミスの市場経済モデルが個々の利己的な行動に過度に依存しており、社会的協力や共同体の役割を軽視していると指摘しています。こうした批判は、社会経済学や制度経済学などの視点からもなされることがあります。
あ、次のページに出てきた > カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルス
2024年のホットな話題である円キャリートレードの話がここで出てくるのは予想外だったな(この本は2008年)