強いることなしに欲望を組み替える
いちばん「原典っぽい」出典はこれです。
スピヴァクが “uncoercive re-arrangement of desires(非強制的な欲望の再配置)” という定式化を、かなり明確に「教育(人文学教育)の責務」として書いています。
Gayatri Chakravorty Spivak, “Terror: A Speech After 9-11”, boundary 2 31(2), Summer 2004.
PDF該当箇所(PDF本文):
“I believe responsible humanities teaching strives at uncoercive rearrangement of desires in the student.”
この一文を日本語で意訳して流通しているのが、あなたが見た「教育とは、強いることなしに欲望を組み替えること」だと思われます(“education”という語はこの段落では直接出ませんが、「responsible humanities teaching」がその役割として定義されています)。
「教育とは、強いることなしに欲望を組み替えること」という断片だけ見た時には脳内に小学校低学年の男児をイメージしていたが、実際の発言の文脈を見るとだいぶ違う
ハビブ大学(Habib University, カラチ)での講演
イベントは 「第2回 年次会議:Postcolonial Higher Education(ポストコロニアル高等教育)」
そこでスピヴァクが 基調講演(keynote) をした
そのQ&Aで「教師は学生の考えを変えるべきではない、欲望を(非強制的に)組み替えるのだ」という流れになり、そこで「The task of a humanities teacher is … non-coercive rearrangement of desire」と言った、という構図です。
2004年 “Terror: A Speech After 9-11” はどんな文脈?

こっちは論文タイトル通り、9.11後の「war on terrorism(対テロ戦争)」への応答として書かれたテキストで、冒頭で
「これらの考察はアメリカの“war on terrorism”への応答として生じた」
「私は人文学の教師であり、人文学教室は“uncoercive rearrangement of desires”を目指す」
という導入になっています。