PukiWiki
一時期使っていたのだがprivateで使ってたらしく、今となっては情報が全く見つからない
1. PukiWiki数式表示プラグインの開発・配布(2003〜2004、最重要)
「書き物」30件の一つ kanaya/japanese/memo/pukiwiki_mathmode/ が丸ごとPukiWiki関連です。#math(数式) と書くとlatex→dvips→ps2epsi→convertを叩いてTeX数式を画像化するPHPプラグイン math.inc.php を自作・公開していました(ソース全文とスクリーンショットも回収済み)。
Ver.1(2003-07-10): 「PukiWiki上で #math(数式) と書くだけでGIFファイルに変換されます。かなり負荷が高いと思われるのですでに存在するファイルは再利用するようにしています」(キャッシュ実装済み)。仕様への不満も記録: 「これはPukiWikiの仕様だと思われますが、文中に数式を埋め込むことが出来ません」
Ver.2(2004-02-10): 「中島求さんから、PukiWiki1.4系以降ではインライン型のプラグインが可能である、というメールをいただきました…関数名を"plugin_math_inline()"に変えたらあっさりとインライン型プラグインとして動くようになりました」「実はいま手元にPukiwikiがないので確認できていません(汗)」
ユーザーからのフィードバックで改良版を出す、というOSS的往復が2003年時点で成立していた記録です。
2. 非公開PukiWikiの運用と、その教訓(2006-06)
movabletype/blog/2006/06/post_59.html:
>これ(多人数ライフゲーム)のルールに関する考察は昔非公開のPukiwikiに書いたのだけど、どこにバックアップ取ったのやら…。公開していないとこういうときにググれないから不便です。
個人用の非公開PukiWikiを運用していたこと、そしてそれが消失したことの記録。「公開していないと検索で自分の過去に到達できない」という教訓は、後年の公開Scrapbox運用の理由づけの原型に見えます(皮肉にも、この発掘プロジェクト自体が「非公開だったものは回収不能」を再確認しています——この非公開Wikiの中身はどこにも残っていません)。
3. Wiki自作 vs PukiWiki採用の揺れ(2006-07)
movabletype/blog/2006/07/post_93.html:
>PythonでWikiを作りかけたけども、やっぱり面倒だからPukiwikiを使おうかと思います。reStructuredTextを使うとツリーとして扱うのも簡単だけども…
この「作りかけたWiki」の現物が misc/pywiki/pywiki_0.01.py として回収されています。しかも中のサンプルテキストが「オブジェクトoを文字列にする: Python str(o) / Ruby …」という言語間対訳で——次の項目に直結します。
4. 「どう書く?org」の前史としてのPukiWiki(2007-10)
cybozulabs/2007/10/doukakuorg.html:
>まずは「Wikipedia的なアプローチで言語間の対訳データが集められないか」と考えPukiWikiで集積サイトを作りました。しかし「これは絶対に盛り上がらない」と判断して公開しませんでした。単なるWikiではコードを書いてもらうインセンティブに欠けると思いました。
つまり pywiki自作(2006)→ PukiWikiで試作(非公開のままボツ)→ インセンティブ設計を入れた専用サービス「どう書く?org」(2007、4ヶ月で2796件投稿)という3段階の試作の連鎖が、アーカイブ内の現物と本人の回想の両方で裏が取れます。
5. その他(傍証のみ)
hirax.netのAmetPerlページやguym.netへの外部リンクとしての出現(movabletype/blog/2006/05/pythonamet.html 等)。2000年代中盤のWebで PukiWiki が個人サイトの標準基盤だったことの背景資料程度です。
まとめると、PukiWikiは西尾さんにとって「使う対象」であると同時に拡張し(プラグイン)、乗り換え候補と比較し(pywiki/reST)、サービスの足場にして限界を見極める(どう書く?org前史)対象でした。「単なるWikiではインセンティブに欠ける」(2007)は、Wiki遍歴の中で道具論から参加動機の設計へ関心が移った転換点の言明として、盲点カード・創造学の系譜と並べて残す価値がありそうです。