NISHIO Hirokazu[Translate]
福祉国家型資本主義
ジョン・ロールズは晩年(とくに Justice as Fairness: A Restatement)で、福祉国家型資本主義(welfare-state capitalism)を、正義としての公正を満たさない体制の代表例として明示的に挙げています。

ロールズにとって政治的自由(投票、立候補、言論、結社など)は、形式的に平等であるだけでは足りない / 実質的に等しく行使できなければならない という条件が付きます。
これを 政治的自由の公正な価値(fair value of the political liberties) と呼びます。
具体的には:
金・教育・組織力を持つ一部の人だけが政治に影響できる
他の人は形式上は権利を持っているが、実際には参加できない
──この状態はアウト。

2) なぜ福祉国家型資本主義はダメなのか
福祉国家型資本主義は、
市場経済+私的所有
その結果として生じた格差を、事後的に再分配する(福祉・社会保障)
ロールズの批判はこうです:
再分配があっても
生産手段・資本・組織力・情報へのアクセスが一部に集中したまま
その集中が 政治への影響力の不平等を生む
結果として、政治的自由の「公正な価値」が確保されない
つまり「生活は最低限守られているが、誰がルールを決めるかには参加できない人々」を大量に生む体制だ、という評価です。

3) ロールズが代替として重視したもの
ロールズが相対的に評価したのは、次の二類型です。

財産所有民主制(Property-Owning Democracy)
再分配ではなく、事前分配を重視
資本・教育・生産手段へのアクセスを広く分散
市民が経済的にも政治的にも独立した立場を持つ

自由な社会主義(Liberal Socialism)
生産手段の社会的所有
ただし政治的自由・民主主義は厳守

どちらも共通点は:
「再分配だけではなく、支配の源泉そのものを分散させる」

4) あなたの問題意識との直結点
参加軽視の再分配主義」は、ロールズ自身が批判した 福祉国家型資本主義の欠陥とほぼ同型です。
特に、
「AIが全部やって、人々はUBIを受け取るだけ」
= 事後的な所得保障はあるが
= 意思決定・設計・統治への参加はない
という構図は、ロールズ基準でも
差異原理だけを満たして
第一原理(政治的自由の公正な価値)を満たさない



この流れ、次は Rawls → Allen → Plurality / Broad Listening にどう接続するか、もきれいに書けますよ。
Rawls
→ 正義は「政治的自由の公正な価値」にある
→ 再分配だけでは足りない
Allen
→ 政治的自由とは「参加する力(agency)」である
→ 再分配のみの社会は民主主義を空洞化する
Plurality / Broad Listening
→ その参加能力を大規模社会で実際に成立させるための技術+制度の提案

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