KJ法勉強会
頭に浮かんだものはすぐ書き留めよう
自己紹介: 西尾泰和
違う視点を提供することで多面的理解を促す
すべてのデータはうそである。うそと承知でデータを使う。 しかもそこから、より正しい真実を割りだす。それが判断への道なのである。しかし、うそからどうしてまことが割りだせるのだろう。それは、見方を変えると、どのデータにもまた、多少ともに真実の面影が宿っているからなのである。(KJ法 渾沌をして語らしめるp.71)
データをして語らしめる
今回の勉強会企画段階での「データにしゃべらせる」
Q: 「できる」からといって「教えられる」わけではない、という前提の共有が必要?
ロフトワーク流を作る必要がある
スモールスタートの原則
一人でやる(1/5): まず歴史を振り返る
一人でやる(2/5): 「はじまりのKJ法」と「KJ法的ワークショップ」
初めからグループKJ法ばかりしか経験していない人には、個人作業を行なう基礎的な実力がなかなか培われない...しかも、グループでやった経験だけは何度もあるため、なんとなくKJ法をマスターした気分になっている。力がついてないことに気づいていないのである。(KJ法 渾沌をして語らしめる p.209)
一九六八年頃からは、二人がペアでラベルの組みたて作業を行なう研修が始まっていた。ただしこの作業は、第一ラウンド(問題提起)と第二ラウンド (状況把握)のラベル作業を相次いで同一テーマで、個人単位で行なった体験を持った後、第三ラウンド(本質追求)においてのみ実施したのである。 受講者はこの第三ラウンドに至ったあたりで、初めて存分に融通無碍にペアのチームワークを行なうことに成功できたのであった。それ以前では、ひとりずつの力量が充分に成熟していないと、私には判断されたからである。 作業的にいえば、望ましくない妥協がふたりの間におこると思われたのである。(p.201)
一人でやる(3/5): 望ましくない妥協
Q: なぜ個人作業でしか力がつかないのだろう?じっくり考えるクセがつかないから?
Q: でも個人でやってると、四角だと思います、という主張に出会う可能性が無くなるからグループ作業の方がいいのでは?
Q: いろんな意見を出し合う練習は、グループでやって身に着ける。それ以外のスキルを個人で身に着ける。ってことかな。
Q: 片方が片方にやり方を教える場合は、普通に 2 人でやるのとはやり方が違うと思います。
一人でやる(4/5): なのでまず一人でやろう
Q: スライド作りっていうメタファーはとてもイメージしやすくていいな
一人でやる(5/5): 一仕事の達成が人もチームも育てる
Q: そもそもKJ法は完成された方法だと思わないで、発展途上の方法だと思うのがいいかもしれない。だから自分が改良できる余地があるという前提で勉強する。
Q: 改良っていうのは違う気がします。粘土(「発想法」)が与えられて、自分の好きな形に成形するというか。
Q: 馴染む道具は人によって異なるというイメージ。KJ 法は道具のひとつ。
Q: 新しい文房具はとりあえず欲しくなっちゃうw 自分の(知的)生産性を上げてくれる快適な道具が欲しいってことなんだろうなぁ。
25枚程度のラベルでやる
自分由来のラベルでやる
探検ネットをやる
KJ法が世の中に出た最初の体系は、六ラウンド累積KJ法であった。そのために、KJ法による問題解決には、時間がかかるという認識を植えつけてしまった。(p.436)
この例では第一段階の小グループのユニットが平均十三枚弱という多数になって いる。けれどもこれは採集した野外データの中に、文句なしに一グループとすべきものが相当多かったためである。...四、五枚などという紙きれ数やユニット数が一グループに含まれるのがふつうであろう。(続・発想法 p.72)
ツールによって得手不得手がある
真ん中にテーマを置き360度の方向に広げる
今回の目的
(このあたりで時間切れ)
関係を線で表現して網目状の構造を作っていく
みなさんの見ているMiroのボード上で実際に作ってみた
網目ができた時点ではグループに分かれていない
網目ができたら2〜3枚ずつペンで囲う
気づきに注目して叙述化する
今回の勉強会の制約
Q: 花火の網目を作る行為はグループ化の前段階と捉えて良い?
ワークが終わった後に「今後ロフトワーク流を作るためにどういう取り組みが必要そうか」のショートプレゼンがあると良さそう