NISHIO Hirokazu[Translate]
代表性と活躍の機会
GPT5
ある国際的な学生向け育成プログラムの説明文を、複数の言語で見比べていて、少し気になる違いがあった。

英語では、対象者が underrepresented in tech と表現されている。これは「テクノロジー分野で十分に代表されていない」という意味に近い。ある分野の構成員を見たときに、特定の属性や背景を持つ人々が十分な割合で存在していない、という捉え方である。

ところが日本語では、これが「これまで活躍する機会の少なかった人々」という表現になっていた。

似ているようで、見ているものが違う。
英語の表現は、まずその場の構成を見ている。
日本語の表現は、その人たちがこれまで得てきた機会を見ている。

もちろん両者は関係している。ある分野で機会が少なかった結果として、その分野での存在比率が低くなることはある。逆に、存在比率が低いことによって、ロールモデルやネットワークが少なくなり、機会へのアクセスが難しくなることもある。

ただ、制度を説明するときに、どちらを入口にするかで印象は変わる。

「代表性が不足している」と言えば、組織や分野の構成そのものが問題として見える。
「機会が少なかった」と言えば、個人や集団がたどってきた経路の問題として見える。

他の言語では、英語の underrepresented に近い「代表性が不足している」という表現をそのまま残している例が多かった。そう見ると、日本語の「活躍する機会の少なかった」は、単なる翻訳というより、問題の置き場所を少し移しているように見える。

翻訳は、言葉を置き換えるだけでなく、何を問題として描くかも変えてしまうことがある。
今回の違いは、その小さな例として面白い。


nishio
「欧米が」ということかと思ったが台湾の表現も「歷來代表性不足的人群」なので代表制にフォーカスしている
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