NISHIO Hirokazu[Translate]
自己選抜されたアート関与者の間だけで成立する一時的ユートピア
自己選抜されたアート関与者の間だけで成立する一時的ユートピア

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総じて、プロセス指向のアート実践は「合意形成とは何か」「公共圏とは何か」という根源的問いを芸術の現場で試行する試みと位置付けられる。そこでは手続きや関係性そのものがメディウムであり、完成品というより生成し続けるオープンなプロジェクトとして存在する。観客はそのプロセスに主体的に関与する参加者となり、芸術体験と社会体験の境界が融解する。このようなアートは、一種の社会実験でもあり、民主主義の制度や人々の心理に働きかけて変容を促すことを狙っている。
ただし、こうした取り組みは往々にしてアートの制度枠内(美術館やビエンナーレ)に限定され、その影響が社会全体に波及するのは容易でないとも言われる。批評家からは「自己選抜されたアート関与者の間だけで成立する一時的ユートピア」との辛辣な評価もある。しかし、そのような限定的空間であっても、新たな合意形成モデルや共同体のビジョンを実地に示すことには意義が大きい。参加者にとっては実験的な公共圏を実感する機会となり、観察者にとっても既存制度を相対化する思考の契機となるだろう。
最後に一つ示唆的な点を挙げれば、プロセスを作品化するアートは失敗や不調和も含めて提示できることである。通常の政治プロセスでは合意に至らない会議は「失敗」で終わりだが、アートではむしろそこから学びや批評が生まれる。例えば先述の参加型作品で議論が決裂したとしても、そのプロセス自体が作品として記録・提示されれば、「なぜ合意できなかったのか」を観衆とともに考察する素材となる。これは芸術の文脈だから許される自由度であり、その分野横断的な知見が通常の社会制度にもフィードバックされる可能性を持つ。


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