NISHIO Hirokazu[Translate]
情動的公共圏ではどれだけ人々の感情を動かせるかがカギ
情動的公共圏ではどれだけ人々の感情を動かせるかがカギ

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実際、21世紀に入り世界各国で見られたポピュリズム現象は、政治における怒り・恐怖・憎悪・帰属意識といった感情の威力をまざまざと示した。米国のトランプ現象、欧州の極右政党躍進、イギリスのブレグジット国民投票など、いずれも有権者の不満や不安を糾合し「人民の声」を演出したものである。そこでは移民への恐怖やエリートへの怒りといったネガティブ感情が大きな推進力となった。またソーシャルメディアは怒りや嫌悪の感情を拡散・増幅させるプラットフォームとして機能し、分断を深めるポピュリズムの温床となったとの指摘も多い​。SNSのアルゴリズムはユーザーの関心を惹くため強い感情反応を引き起こす情報を優先表示する傾向があり、結果的に極端な言説ほど拡散しやすくなる。そのため恐怖や憎悪が渦巻く「感情的世論」が形成されやすく、冷静な事実確認より感情的な物語が勝ってしまう「ポスト真実」状態が生じる。
しかし感情は何も負の側面ばかりではなく、政治的連帯や社会運動の原動力としてのポジティブな役割も見逃せない。例えば2011年の「アラブの春」や2019年の香港デモ(2019年-2020年香港民主化デモ)では、怒りや絶望だけでなく希望や勇気といったポジティブな感情も参加者をつなぐ重要な糾合剤となった。メディア研究者のジジ・パパチャリッシは、ハッシュタグ運動などネット時代の新しい公共圏を「情動的公共 (affective publics)」と名付けた​。
彼女によれば、現代のネット世論は事実と意見と感情がないまぜになった「感情でつながる公共」であり、人々は感じ方を共有することで緩やかに政治的行動へと駆動される​。典型例がTwitter上のハッシュタグを介したゆるやかな連帯で、 #MeToo #BlackLivesMatter では怒りや連帯感情がハッシュタグを通じて共鳴し合うことで大規模な社会運動へと発展した​。このような「感じながら参加する」公共圏では、理性的な討論だけでなく物語への共感当事者の痛みに対する想像力が世論形成に寄与する。すなわち、政治的メッセージが単に正確さや合理性で評価されるのでなく、どれだけ人々の感情を動かせるかがカギとなっているのだ。


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