行者問答
行者であると名乗っている来訪者が本当に山伏であるかを、知識を問うことで検証する
問われるのは「
山伏とは何か」「
修験道とは何か」のような基本的なことや、いろいろな道具の意味など
問答の中身そのものが「修験道とは何であるか」の要約になっている
答えを貫く5つの型(これを知ると「次に何を言うか」が推測できる=役で覚えるの中身):
字を割る
山伏=山(三身即一)+伏(無明法性不二)
修験道=修+験+道
先達=「先きに通達」
念珠=念(煩悩)+珠(本覚真如)
煩悩との戦
山伏の存在理由が「無明煩悩の敵を降伏せしめんが為」なので装束が武装:甲・利剣・縛す・推破・怨敵退散。
身にまとう曼荼羅
手甲=金剛界・脚絆=胎蔵界・鈴懸=金胎両部・頭襟=五智宝冠
本尊の答え「総じては金胎両部の曼荼羅」と同じ構図で、外の曼荼羅と身の曼荼羅が対応。
不二・本覚
戦の裏で「敵は実は敵でない」:無明法性不二、引敷=獅子(無明)に乗る、珠=本覚真如。
本覚讃と同じ思想。型2と型4の同居が修験教義の骨格です。
数の配当
三身即一
九條/九界/十界
十二因縁
六波羅蜜
百八
16/25/37尺
五仏五方
九字
>吾等一行、今回大峰山上に於いて十界一如の修行満願仕り
十界一如: 「十界」=地獄から仏まで全存在の十段階、「一如」=それが一つであると体得する。
山伏
真如法性の山に入り無明煩悩の敵を降伏せしめんが為、山に伏し野に伏し修行する行者
深山幽谷に分け入り、苦修練行の功を積み、自身の本源を悟り、即身即仏の験徳を表すをもって
修験と名付く
山の道案内、指導はもちろん、法の先達なり。
即ち先キに通達して諸人を自由に教導し、指導するをもって先達と云うなり。
修験道の開祖は?
開祖は役行者にて候
誕生=千三百有余年以前、大和国葛城・茅原の郷、高賀茂家に誕生。幼名金杵丸、後に役小角
七歳=叔父願行上人に佛法を学ぶ→葛城の二上・金剛山で苦修練行
十九歳=大峰入峯。爾来全国の高山で十界一如の苦修多年
鬼神を降伏・使役し、道を開き橋を架け
箕面山の滝崛=龍樹菩薩に密教の秘奥
大峰山中=孔雀明王に秘法
湧出ヶ岳=祈願満願、金剛蔵王大権現出現感得→大峰鎮護の本尊となす
讒言=韓国連広足(からくにのむらじひろたり)が能を妬み讒奏→無実の罪
配流=文武帝三年、伊豆大島に三年→帝の夢で無実を知られ勅許帰還
渡天=大宝元年六月七日、六十八歳、母御を鉄鉢に乗せ渡天
諡号=寛政十一年、光格天皇より神変大菩薩
結び=役の行者神変大菩薩こそ修験道の開祖にて候
修験道の御本尊は
森羅万象悉く御本尊たらざるはなけれども、総じては金胎両部の曼荼羅、別しては修行専念のご本尊は大日如来の教令輪身たる大忿怒形の大日大聖不動明王なり。尚、大峰鎮護の金剛蔵王大権現、高祖役の行者神変大菩薩を三位一体の御本尊となするなり。
「やはりこれが修験道とはなんであるかの基本らしい」と書いた。