NISHIO Hirokazu[Translate]
山伏
問一:山伏とは
○ そーれ、山伏といっぱ、真如法性の山に入り無明煩悩の敵を降伏せしめんが為、山に伏し野に伏し修行する行者にして、山とは三身即一の儀、伏とは無明法性の不二の儀にて候。

Fable
真如法性の山
真如=ありのままの真実(tathatā)
法性=ものごとの本性(dharmatā。「法然」と同根の語)
つまり山伏が入る山は、地理上の山であると同時に真理そのもの。大峰の山々が教義の配置図になっている(葛城と吉野大峯)のと同じ発想で、登山がそのまま入理(真理に入ること)になる。
無明煩悩の敵
無明=根本の無知(十二因縁の第一)、そこから生じる煩悩
「敵」と呼ぶが正体は自分の無知
山に伏し野に伏し
これが「山伏」の語源的な説明です。山野に臥して(野宿して)修行する者。「山臥」とも書く。
字解き二連
山=三身即一(法身・報身・応身の三身が一つ。本覚讃本来具足三身徳」の三身と同じ)
名前自体が修行の定義になっている
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