前回「渾沌をして語らしめる」勉強会で、「発想法」から20年の間に、「狭義のKJ法」ではない探検ネットが発明され、川喜田二郎は日常の9割程度の問題解決に探検ネットを使うようになった、というところまで説明した。今回はその「探検ネット」について掘り下げていく。
前回の振り返り
取材の方法
人間には、理屈ではない、なにか嗅覚にも似た能力があり、この能力の方が理性よりも遙かに先行して、必要らしい情報を嗅ぎつける。あるいはこういうことかもしれない。人間に限らず多くの動物は、自分を取りまく全体状況を、全体として感じ取る能力がある。それは、分解して扱うなら視覚・時間感覚・嗅覚・触覚その他として個別にも扱える面があろう。しかも人間や他動物は、それらの認識能力を、単に並列的に個別に行使するだけでなく、また部分の総和以上の、分割できない総体としても感知する。そしてそれに対応して、状況というものはそもそも縫い目のない総体として存在するのである。
そのように捉えられた全体としての状況と人間や動物の総体的認知能力との間に調和的な交渉があるときは、人間や動物はそれを格別意識せず、「正常」と受け取っている。ところがそこに不調和が生じたとき、彼らは「異常さ」を感じる。 そしてその原因となったらしいものに注意を集中する。これが、ここで私がのべた嗅覚にも似たものかもしれない。
理屈ではない、なにか嗅覚にも似た能力
われわれの世界、そしてわれわれを取り巻く世界は、考えようによっては連続している。自然はどこにも切れ目はないといえよう。その切れ目のない自然の中から、われわれは、何かを注目することによって、あえてひと区切りの物事を切りとり、取りだす。そしてそのものごとに、圧縮したひとまとまりの意味を与える。
それはちょうど、KJ法の表札づくりに似ているではないか。その圧縮が極端までゆけば、しまいには単語とか記号とかいったシンボ ル を与えるところまでゆく。このようにして、切断→圧縮→シンボル化 を行なっているのである。そ してそのシンボル群を組みたて、この世界を意味のある全体として掌握しているわけだ。(p.242)
別の表現をすれば、システム化するのがよいということである。まさにこの目的のためにKJ法が役立つのであるが、これを膨大な定性的データのいちいちについて 行なうことは容易でない。実務的ではない。そこで後にのべるように「探検ネット」という簡易なシステム化も必要になる(p.245)
タッチネッティング
質疑1
質疑2
質疑3
(7.2.1.1) 360度の視角から
すべてのデータは間違っている(すべてのデータはうそである)
p.70 事実とデータとはちがう
質疑4
ざっくり歴史的経緯
質疑
KJ法と何が違うの?
日々使えるものにするアプローチ
質疑
Kozaneba
----以下未使用断片
ラベルにどれくらいの分量を書くか
なぜ束ねるのか
探検ネット勉強会Kozaneba1 探検ネット勉強会Kozaneba2 探検ネット勉強会Kozaneba3 探検ネット勉強会Kozaneba4 探検ネット勉強会Kozaneba5
KJ法のシンボルマーク
KJ法 探検ネット 20年 アップデート Miro Zoom 環境の変化 アップデート
思いついたことはどんどん書く 傍に置いといたら良い 後でこのプロセスを振り返る助けになる
書籍を読む 読むの形 ラベルに刻んでKJ法をする 探検ネット 枚数が多くなりがち
発散的な花火をする 後でKJ法をやればいい
ラベル集めをたくさん集めるイメージ むしろ2枚でもよい、川喜田二郎は2枚で説明してから「2枚とは限らない」と説明している p.126
枚数が2倍になると 4倍しんどくなる
読んでるうちに忘れていく 速読できる人 心の中で音読してる人 慣れ
Kozaneba KJ法とは呼んでない