慈救咒
じくしゅ じくのしゅ
真言の中で一番長くてかっこいいからね、スリジャヤワルダナプラコッテを覚えるのと同じカテゴリー
のーまく さんまんだ、ばーざらだん、せんだまかろしゃだ、そわたや、うんたらた、かんまん
リズム| のーまく | さんまん | だーばー | ざらだん |
| せんだ | まかろ | しゃだ | そわたや |
| うんたら | たーかん | まん* |
*: 一小節に伸ばさずに半小節で次の「のー」を続けることも多い
>なうまく。さんまんだ。ばざらだん。せんだまかろしゃだ。そわたや。うんたらた。かんまん。
慈救の咒(慈救咒)
これは初めて聞いたな(2026-07-21)
慈救咒の梵文
慈救咒(じくのしゅ/慈救呪)の、広く用いられるサンスクリット形は次のとおりです。
namaḥ samanta-vajrāṇāṃ caṇḍa-mahāroṣaṇa sphoṭaya hūṃ traṭ hāṃ māṃ
日本での代表的な伝承音は、
ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン
です。『大日経』系の本文では不動尊 Acalanātha の真言として掲げられています。
語ごとの対訳
_| 日本伝承音 | サンスクリット | 文法・意味 |
| ノウマク | namaḥ | 敬礼、帰命、礼拝 |
| サンマンダ | samanta | あまねく、すべての |
| バザラダン | vajrāṇāṃ | 金剛たちの。vajra「金剛」の属格複数 |
| センダ | caṇḍa | 凶猛な、激烈な、恐るべき。呼びかけの形 |
| マカロシャダ | mahā-roṣaṇa | 大いなる忿怒者、大忿怒尊。呼びかけの形 |
| ソワタヤ | sphoṭaya | 打ち砕け、裂け、破裂させよ。命令形 |
| ウン | hūṃ | 忿怒・金剛系の呪音。通常は意味を訳さない |
| タラタ | traṭ | 切断・摧破の働きを表す呪音。通常は音のまま残す |
| カン | hāṃ | 種子音。不動尊を表す一字真言としても用いられる |
| マン | māṃ | 種子音。直前の hāṃ と一続きに「カンマン」と伝承される |
文法的には、冒頭の vajrāṇāṃ は「金剛たちの」という属格ですが、namaḥ … vajrāṇāṃ という真言の定型全体では「一切の金剛尊に敬礼」と訳します。後半の hūṃ traṭ hāṃ māṃ は通常の文章語ではなく、音そのものを働きとする真言音なので、逐語訳では訳さず残すのが適切です。同じ『大日経』では hāṃ 単独も不動尊の真言として掲げられています。(
仏教伝道協会)
直訳
あまねき一切の金剛尊に敬礼。
凶猛にして大いなる忿怒尊よ、打ち砕け。
フーン、トラット、ハーン、マーン。
もう少し伝統的な日本語にすると、
遍き諸金剛尊に帰命したてまつる。
凶猛なる大忿怒尊よ、打ち砕きたまえ。
となります。
文脈を補った意味訳
すべての金剛尊に帰依します。
大いなる忿怒の姿を現す不動尊よ、
私たちの煩悩・汚れ・修行を妨げる障碍を打ち砕いてください。
ただし、サンスクリット本文の sphoṭaya は単に「打ち砕け」と命じるだけで、何を打ち砕くかという目的語は明記されていません。「煩悩・障碍を」は周囲の儀礼文脈から補ったものです。『大日経』では、不動尊を用いて汚れを除き、障碍を退け、行者を守護すると説明されています。
なぜ「慈救」なのか
重要なのは、真言本文には「慈悲」を意味する karuṇā や maitrī、「救う」に直接相当する動詞は入っていないことです。むしろ中心にあるのは、
caṇḍa-mahāroṣaṇa ――「凶猛なる大忿怒尊」
sphoṭaya ――「打ち砕け」
という激しい表現です。
したがって「慈救」は逐語訳ではなく、衆生を憎んで怒るのではなく、慈悲ゆえに恐ろしい姿を現し、煩悩や障碍を打ち砕いて救うという不動明王の働きを表した解釈的な名称です。また、この真言では「不動」を意味する acala という語自体は使われず、不動尊を caṇḍa-mahāroṣaṇa「凶猛なる大忿怒尊」と呼びかけています。
なお、traṭ の箇所には伝本によって traka という異読があります。BDK版は、チベット語訳が traṭ を支持すると注記しています。