技術の進歩が社会構造の変化をもたらす
= 既存のものを機能不全にする
『
公衆とその諸問題』(The Public and Its Problems, 1927)。
議論の骨子
蒸気・電気・鉄道・電信などの技術が、
人と人の相互作用を遠くまで、間接的に及ぶものに変えた(デューイはこれを「Great Society」と呼んだ)。
自分たちが直接関わっていない行為の帰結を受ける人々が「
公衆(the public)」になる。ところが既存の政治制度は、
地域の小さな共同体を前提に作られていた。
その結果、制度が新しい公衆を捉えられず、公衆は自分が何者かを認識できなくなる。これが「
公衆の没落(eclipse of the public)」。
だから技術が変わるたびに、公衆を見つけ直し、国家・制度を作り直す必要がある。
nishio
広聴本原稿(06_01_チームみらい.md:178)に「技術の変化が人々の相互作用のあり方を変え、それが『公共』の形を変える」とあります。Plurality でも同じ文脈でデューイが使われています。
近い議論
オグバーンの「
文化的遅滞(
cultural lag)」(1922):物質文化(技術)の変化に、制度や規範などの非物質文化が遅れてついていく、という社会学の概念。「既存の制度が機能不全になる」という言い方に一番近いのはこちらかもしれません。
マルクス:生産力の発展が既存の生産関係と矛盾し、それが桎梏になる。
「技術→相互作用の変化→既存の公共・制度が合わなくなる」という民主主義論の文脈ならデューイ、「技術に制度が遅れる」という一般論ならオグバーン、と使い分けるのがよいと思います。
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