2022-12-16 @サイボウズラボ
2022-12-02 開催当日
前期、中期、後期
ここまでで質問ありますか
データをして語らしめる
「たくさんの外から与えられたデータをどうまとめるのか」というフェーズにおいても「自分が新しい情報を生み出す」が重要
すべてのデータはうそである。うそと承知でデータを使う。 しかもそこから、より正しい真実を割りだす。それが判断への道なのである。しかし、うそからどうしてまことが割りだせるのだろう。それは、見方を変えると、どのデータにもまた、多少ともに真実の面影が宿っているからなのである。(KJ法 渾沌をして語らしめるp.71)
うそと承知でデータを使う。 しかもそこから、より正しい真実を割りだす。それが判断への道なのである。
既存の思い込みの枠を壊す
...グループ分けについての独断的な原理をあらかじめ頭の中にもっている...その独断的な分類のワクぐみを適用し、そのできあいのワクの中にたんに紙きれの資料をふるい分けて、はめこんでいるにすぎないのである。これでは KJ法の発想的意義はまったく死んでしまう。
...単に文字記号面だけの意味だけでなく、その意味の中心を取り巻いて、その周囲にモヤモヤと連想的雰囲気をたたえている...「けっして抽象化しすぎるな」、「堅くるしい熟語や術語にこだわるな」...「できるだけもとの資料の土の香りを残せ」...最少必要限度の「概念化過程」が大切なのであって、不必要に「概念」にまで仕上げてはならないのである。
一単語のラベルに関しては「〜とは具体的にはどのようなものか」「例えば何か?」などと自問して、もっと情報を増やし、ラベルに加筆するか新しいラベルを追加するとネットにしやすくなりますよ
ここまでで何か質問あるでしょうか
事前の思い込みのグループとそれをまたぐ線
今回「探検ネット」由来で「線を引く」という行動が追加された
これによって「離れたところに置いたラベル」の間に線が引かれるケースが頻発した
これが「気づき」
線のないKJ法ではこのような時にどうするか?
川喜田二郎のオリジナルの探検ネットではどうか
今回Miroというデジタルツールを使うことによって遠くにおいたまま線が引けるようになった
破壊の不安に対しては「コピーして取っておけば良い」でケアできる
「同質性」に着眼してグループ分けをやったところで「まとまる」わけではない
異質なデータの組み合わせから新しい関連性を発見することが必要なケースがある
異質なデータをまとめる=同じグループに入ってないものの組み合わせ
ここまでで何か質問ある人いるでしょうか
この「構造を壊す」って、線を引くまでは人間がやって、線を引いたらシステムが構造を壊してあげるような形もできるんじゃないかな
となる三つ並んでるここのところに何が発生するのかすごい気になります
バネモデルってのは物理的なバネの話ですか
最初に付箋を置くときってのは出しながら置くから、その最初の付箋の位置を決めるって感じですかね?
自分だったらどうするか、寝かせて忘れたころにもう一回やり直すかな
あとは最初の質問の最初に付箋を置くときってのは出しながら置くに関して、ラベルを順次置いていくのかどうかに関してはやり方が二通りがある
自転車のたとえ
質問あるでしょうか
時間が余ったら話す(予定)
Q: 我流に名前をつけると流通・交換しやすかったりするかも?
組織内で共有するための共通言語を作ることにも意味がありますが、まずはその前段階として自分の手法にこっそりと個人的な名前をつけるといいかも(私的な言葉)
名前のついていない概念は液体のようなもので、とらえどころなく、操作することが難しい
概念に名前をつけることで、マグカップに入ったコーヒーのように、取っ手を持って操作することができるようになる(液体が容器に入っているメタファー)
これは文字通り発表ストーリーを作るときに使っている方法
KJ法とこざね法の合体したような方法
話の断片が付箋になっていて関連する付箋つながって語られる
付箋を近接したり線でつないだりしていく
この順番で話そうって確定したものは近接させてグループ化して一塊にする
「こう話そう」ってなったものをくっつけて固める作業はこざね法のホチキス止めに相当する
大雑把に左上スタート右下ゴールという感じ
残りの大部分の付箋は線とかに引っ張られて配置が決まっていく
真ん中から始めないのはなんでなんですか
ゼロから講義資料を作るときには考える花火みたいに真ん中にテーマを置いて発散フェーズをやることもあります
だいたいこんな順番で話すみたいな大枠は決まっていて左上から右下に伸ばすことができる?
大枠決まっているけど変える必要がある状況ですね
あと3つ名前をつけたのだけど時間なのでこれで終わりにしようかなと思います