因果的不死
2026-07-15時点の西尾の解釈
ようするにあるものAが不死であるかどうかはAの境界をどう考えるかに依存している
死んでないと思っている人間の人体の中で細胞はガンガン死んでいる
因果関係のないものに関しては明らかに連続していないのだが、因果関係がある場合にそれを連続と捉えるか非連続と捉えるかは主観に過ぎない
あるものAを「因」としたときに、それが影響して生まれた「果」をすべてAだと考える
これは「イコール世界全体」でも「イコール不死」でもないが、物理的個体の機能停止を死と考えるよりは格段に広くて長いものになる
補足:
逆にあるものAを「果」として、それに影響した「因」もすべてAであると考えると、生命が生まれて自分に至るまで全部自分
地球が生まれたのも自分だし、宇宙が生まれたのも自分
現時点から過去を遡るとわかりやすい
未来を見るのはわかりにくいね
人間原理の仲間で、僕がここにいるということはここまで途絶えずにやってきたので、過去から今までは継続がある
僕の後に途絶えないことは保証できない
ちょっと地球が太陽に落ちしてしまって、人類が滅んで、人類が滅ぶ前になんとか外部送信した情報も他の知性体にキャッチされないまま分解されたりノイズにうもれたりする、ということはありえる