NISHIO Hirokazu[Translate]
知らない幸せを壊すのは善か?
選択肢AとBがあるときに「Aの方がいい」と他人が決めてしまうのは自由な意思決定の機会を奪っていて良くない、という考え方がある

「選択肢AとBがある」と知らない人がいるとする
「選択肢AとBがあることを知っていた方が良い」と思って教える行為は問題ないのか?
C:「選択肢AとBがあることを知っている」 D:「知らない」の2つにおいて、現状Dである人にら「DよりCの方がいい」と他人が判断してCに変化させる行為だよね?
「選択肢AとBがある」ことを「Aの方が良さそう」とセットで教える行為は、自分の判断に自信がない人にとって実質的にAの選択の強制ではないか?
「自分でAを選んだ」という状況に追い込んでいるのでは
選択肢は残っているが、心理的には消えている
形式的自由はあるが、実質的自由が失われている。
その状況に追い込まれることを当人が好んでいなかった場合、やはり問題があるのでは?
選んだ責任を本人に帰属させるのは正しいのか?
知らない幸せを壊すのはか?



"Engineer's way of creating knowledge" the English version of my book is now available on [Engineer's way of creating knowledge]

(C)NISHIO Hirokazu / Converted from [Scrapbox] at [Edit]