他人が納得する行動理由は後付け
他人が納得する行動理由は後付け

「なぜこの行動をしたのか」についての他人が納得しやすいストーリーはだいたい後付けなのではないか仮説
仮説(整理版)
「なぜその行動をしたのか」という、他人が納得しやすいストーリーは、多くの場合、行動の“原因”ではなく“事後の編集物”である。
支持する根拠(分野横断)
1. 認知心理学
行動:主に システム1(高速・直感)
理由説明:後から システム2(整合的説明) が生成
→ 他人に通る説明ほど、社会的に最適化されやすい
2. 神経科学
脳には起きた行動に意味を与える専用モジュールがある
→ 脳は常時、後付け広報担当を走らせている
3. 人類学・構造主義
→ 理由は「発生原因」ではなく「意味付与装置」
なぜ「他人が納得しやすい」必要があるのか
ここが重要で、
理由説明の目的は
つまり:
こうした条件を満たすよう、説明は無意識に編集される。
まあ意識的/自覚的にやることもある

露悪的(あえて逆に)に「なんか面白いなと思ってやってるだけであって、これが社会にとって有益であるかどうかなどどうでもいい」と言ったりする
思いつきでやってみたことを、自己の過去のストーリーや所属する組織のストーリーの文脈の中に整合するように配置したりする
Cosenseは文脈の中に配置することを用意にするプラットフォーム
反論への先回り
じゃあ内省は無意味?
→ 無意味ではないが、別用途。
内省: 将来の行動パターンを調整するための学習
用途が違う。
何か行動して、それがうまくいった人って「うまくいくことが
予見できてきた」というストーリーを作りがち
その方が社会的に有益なこともある
ストーリーを語っているうちに自分個人にもそれを信じたい気持ちがあって記憶が変性したりする
連想
まず獲得済みのものを活用できる行動をして、それから行動によって得られたものを文脈に配置する