NISHIO Hirokazu[Translate]
みんなで行ったところが事後的に「遠く」と定義される

距離1のところに一人で行って1単位時間でたどり着くなら、距離Nの遠くにもN単位時間でたどり着くのでは?
これは無意識の大前提として「そこに行こうとしている」という仮定がある
もっと詳細に言語化する
ある人PがゴールGに行こうとしていて、行き方が既知の場合、その人が一人でいくのが一番速い
ゴールGにいくことに対するモチベーションはPが最も高いとする
違う人Qを入れると「ゴールG'の方がいいのでは」とか言い出す
事前に強い上意下達意思決定スタイルを敷いておけば害が下がる

この仮定が成立しない状況を考える
誰も具体的なゴールGや、そこに至る方法を知らない
しかしある程度の人数で「だいたいこっちの方向がいいよね」という方向性の合意(アラインメント)があるとする
個々の局地的な意思決定において「こう進むのがいいと思う」と思った人が進む
特に意志のない人はついてくる
その意見に合意できない人は分岐する(チームをフォークする)
これは二馬力で探索をすることなので、好ましいことだ
分岐したチームも情報共有をまめにするのが良い
物理的な長距離移動と違って、ある分岐が好ましくないと事後的にわかった場合に、合流が容易
物理的な長距離移動では誤りの経路を選択したチームが死ぬ
合流が容易なように設計しておく必要はあるかも、やり方によって合流の難易度は異なる
この局地でのドライブフォースを生み出す人(局地的リーダー)は同じ人Pであり続ける必要はない
Pが疲れて休んでる間にQが進んでよいし、実際にそういうことがしばしば起こる
条件として「Pがリーダーであり、Pの合意なしに進んではいけない」という共有信念が存在しないことが必要そう
有用な共有信念として「各自で良いと思う方向に動くのがよいことである」という文化を共有しておくといいのかもしれない
このプロセスが繰り返された後で振り返ると「各々の局地で異なる局地的リーダーが意思決定をして進み続けてきた道のり」が見える
この道のりはどの局地的リーダーも事前に計画できなかった
なので「みんなの力で、誰も予想できなかった境地に到達した」というナラティブが成立し、結果として「みんなで遠くに来た」となる
振り返って「遠くに来た」となるが、事前にそのゴールを目指したわけではない、「遠くに行く」という表現では遠くの明確なゴールに行くことと、ただ移動して結果として遠くになることが区別されていない

スタートSからPさんがまず進んだ、が途中で力尽き
その後Qさんが少し異なった方向に進んだ
その方向が良いのかどうかRさんと議論になり、QとRは違う道に進んだ
Rが進んだ後で、全体を振り返るとSから「Rが今いる位置G」へと進んだように見える
この「PQRによる進歩」は当初Sの地点からPが進むことができた範囲を超えている
これを「みんなでいけば遠くに行ける」と事後的にナラティブ化する

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