アウトプットを打席に立たせる
わかりやすい説明が上手いとか、言語化能力がすごいと評されることがしばしばある
「そうである人」と「そうでない人」を比べるときに、「そうでない人」はそもそも
打席に立っているのか?
この解説は世界に対して公開するかどうかはどちらでもよい
未来の自分が読むことができることが必要
「前にこの本を読んだときになんか書いたんだけどな〜、どこに置いたかな〜」ではdoneではない
検索するなどしてすぐに発見できる必要がある
ここまでやった時点でdoneになる
関連:
アウトプットしたなら、それは時間が経っても消えない「
資産」になる
この資産は成長することがある
たとえば最初に読んだ時とは違うシチュエーション・文脈と結合して価値を生む
公開しているなら、それを読んだ人からコメントや質問や仕事の依頼が来ることがある
これらは
確率的事象であり、狙って起こすことはできない
公開したアウトプットが引き起こす社会的トリガーは、本人がその対象にエフォートをかけてないときにも発生する