NISHIO Hirokazu[Translate]
内省と観想
>近代科学と内省の進展が「世界からの疎外」を生み、観想よりも制作・労働が優位となる。

観想(contemplation / theoria / vita contemplativa): 伝統的には“真理は静止の中で開示される”という発想のもとで、行為より上位に置かれてきた生の形(『人間の条件』冒頭のvita activa/vita contemplativa論)。
内省(introspection): 近代哲学(とくにデカルト以降)が、世界や他者との経験を「私と私のあいだの経験」に還元し、確実性の根拠を“内側”へ移した動き(『人間の条件』35章以降の「世界疎外」〜「デカルト的懐疑」「共通感覚の喪失」)。
Arendtの言う「世界からの疎外」は、ざっくり言うと「共通世界(みんなの間にある世界)」よりも「自己の確実性/自己の感覚」を優先するようになって、公共的な現実が痩せていくこと。
その土台の上で、近代は“観想の優位”が崩れ、まず「制作homo faber:作る・制御する)」が上がり、さらに「労働animal laborans:生命過程の維持)」が最上位に上がっていく(『人間の条件』第VI部)。

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