NISHIO Hirokazu[Translate]
社会は交差するグループで構成される
サステナブル・ブランド国際会議 2026で1枚のスライドに押し込めたけど、厳密なことを言うともっとスライドが必要
ハンナ・アーレント自身が明示的に「社会は交差するグループで構成される」と言ったわけではない
でもジンメルの話をし始めると時間が足りない

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大衆(mass)の定義
“The mass consists of people who, either because of sheer numbers, or indifference, or a combination of both, cannot be integrated into any organization based on common interest.”
(大衆とは、人数の多さや無関心ゆえに、共通の利害に基づくいかなる組織にも統合されない人々である。)
全体主義運動が依拠する基盤
“Totalitarian movements are mass organizations of atomized, isolated individuals.”
(全体主義運動は、原子化され孤立した個人から成る大衆組織である。)
階級(class)=組織化された利害集団
“Classes are not mere collections of individuals but are bound together by common interest and organized by common experience.”

1) 複数性(plurality)の定義(第1章冒頭)
“men, not Man, live on the earth and inhabit the world.”
“Plurality is the condition of human action…”
ここで「単一の『人間』ではなく、複数の『人々』が世界に住む」→政治・行為の条件として複数性が置かれています。
2) 「関係の網(web)」の定義(第5章 Action 内)
“We call this reality the ‘web’ of human relationships…”
“The realm of human affairs… consists of the… web of human relationships…”
さらに「行為と発話」は、すでにある網の中に落ち、その結果が波及する、と書きます:
“…fall into an already existing web…”
3) “who” を語ろうとすると “what” に迷い込む(同じ節)
これは「単一カテゴリへの還元」問題に直結します。
“The moment we want to say who somebody is… leads us… into saying what he is…”
つまり、人は「何者か(what)」の属性列では捕まえきれず、「誰か(who)」は関係と行為のなかで現れる、という方向。

nishio
Plurality本 p.67ではこう述べているが
>社会世界は、孤立した個人の無秩序な寄せ集めでもなければ、一枚岩の全体でもない。むしろそれは、個人アイデンティティと集合的組織の両方を特徴づける、多様で交差する帰属性が織りなすものだ。私たちは、この概念をハンナ・アーレントと、特に彼女の著作『人間の条件』と同一視する。同書で彼女は多元性こそが、人間としての条件における最も根本的な要素だと述べる。
この「多様で交差する帰属性が社会を織りなす」という考え方はシンプルな形ではアーレントの著作には出てこなくて、もう1ステップ必要
テクノ専制とコモンへの道 p.81 では近くでジンメルの話が紹介されていて参考になる
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ジンメルの元の章題は “Die Kreuzung sozialer Kreise”(直訳すると 「社会的サークルの交差(intersection)」)。これは1908年『社会学(Soziologie)』の有名な章です。
ところが英語圏で広く流通した1950年代以降の受容では、この章(および関連論考)が “The Web of Group-Affiliations”(集団所属のウェブ)という言い回しで語られることが多くなりました。実際、レビューや書誌でも「Conflict and the Web of Group-Affiliations(Free Press)」として紹介されています。
そしてこのタイトル変更が“字義通りの intersection ではなく web を選んだ”ことは、研究史の中で明示的に言及されています。たとえば Breiger(1974) は、ジンメルの “Intersection of Social Circles” を英訳で Bendix が「字義通りではない形にした」趣旨に触れています。
近年だと「ジンメルは“web”概念の先駆」として、その翻訳語(web vs intersection)が受容に与えた影響自体が研究対象になっています。
nishio
つまり"web of human relationships"の"web"が、そもそも本来"intersection of circles"だというわけ
webとしてイメージすると他人との関係は2者間の辺としてイメージしてしまいがちだけど、そうじゃないよねということがハイパーグラフの概念で語られている(Plurality本 p.122)


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