NISHIO Hirokazu[Translate]
孤独を好む人
2026-02-23
「ウェルビーイングの指標には友達などの関係性の多さが含まれがち、一方で社内の企画として関係性を構築するようなイベントを企画すると『一人が好きだからほっといてくれ』という社員がいる、どうしたものか」という話を聞いた
関係を結ぶ相手が誰でもいいわけではないのだと思う
というのを上記のバウンダリーの話を見て思った
バウンダリーが弱くて侵入されやすい人は、バウンダリーが弱くて侵入しやすい人と接触するとダメージを受ける
なので距離を取ることを選択する

2026-02-24
長文なんだけど、昨日から引き続きウェルビーイングと人間関係の話
まずメールを書いたのを引用(文脈ない人向けに書いたので話の前提にちょうどいい)
「ウェルビーイングの指標には社会的なつながりが含まれるが、社会的な繋がりを作る企画をやると"孤独が好きだからほっといてくれ"という社員がいる」という話がとても気になってずっと考えていました。
自分自身も会社が企画する、社員がお互いに知り合ったり仲良くなったりする機会を作ろうとするイベントがあまり好きではなく「ほっといてくれ」という社員の側だなと思う反面、
「孤独が好き」というのは本心ではなく、正確に説明することが高コストだったり社会的リスクがある場合の方便なのではとも思いました。
たとえばこのメタバースでのアイデンティティに関する調査では1000人以上の人がメタバース上で、ほとんどの場合は自分の物理的身体とは異なる形状の(しばしば人間ですらない)アバターを着てコミュニケーションしているわけですが、
半分くらいの人はVRアイデンティティを物理世界の友達や家族に隠しています。カミングアウトして安全とは感じられないのでしょう。職場では尚更だと思います。
これもまた社会が交差するグループで構成されていることの一例で
"興味関心によって集まったデジタルの地域"の一種として「物理的身体と異なるアイデンティティで集まるメタバース」があり
ある人は物理的身体で職場コミュニティに参加しつつ、VRアイデンティティでメタバースで社会的なつながりを持っているのでしょう。
その状況で社内イベント(例えば飲み会)が企画されると、それはメタバースでの社会活動と可処分時間を奪い合うので拒絶したくなるわけです。
(引用終了)
ローティのバザールとクラブの話で説明すると
VRChatが親しい人との会員制クラブとして成立していて会社がバザールである人にとって
精神の再生という意味でのレクリエーションは会員制クラブの側で行われるのであって
バザールである会社で祭りを開催されてもそうじゃないんだよな感があるのだろうな〜とか
所属企業による生権力じみたものが前景化することの違和感もあるのかもしれないな、とか思ったterang
サードプレイスになればよさそうだが、中の人が同じだと完全なサードにはなり得ないだろうなyosider
これって現状の日本だとまだカミングアウトのハードルが高いよなぁと思ったりとか
もちろんメタバース1つだけの話ではなく
そういうものが生まれる前から例えば仕事の外で本名とは違うペンネーム(=異なるアイデンティティ)で同人活動をしている人とかがいた
アイデンティティは複数存在するよねという考え方やニーズをサイボウズLiveは理解してサポートしてたわけなんだよな
振り返って考えると僕個人としてはあんまりVRChat的なメタバースでの活動に興味が持てないのだが
それは「今の物理的身体が好き」なのではなく「そもそもアバターに関心がない」「音声コミュニケーションが嫌い」なのだよな
だから「文字によるメタバース」に主に住んでいるわけだ
SNSがこれなのかなyosider
とここまで考えて「井戸端は文字によるメタバース」という気持ちになったのでここに書きにきた
物理的身体から解き放たれた顔アイコンの話、実は自己アイデンティティが文字なのでは説


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