2004 創造学
博士課程1年目(2004)に書いた、情報科学的な創造のための発想チェックリスト
一旦失われ、2014年に「
盲点カード」が作成された後、発掘されてマージされた
盲点カードは絵を描くことを前提にしていた。
その後、絵は思いついていないが有用そうな断片が「
まだ絵のない盲点カード」という名前でID1000番以降に追加されるようになった。
"2004 創造学"由来のカードは1013番以降に追加された。
「創造学」は2004年3月(22歳、NAIST博士課程1年目)に書かれた「書き物」の一つで、一言でいうと「創造そのものを研究対象にし、アイデア発想を工学的に加速しよう」という宣言+自作の発想チェックリストです。構成は3層になっています。
1. 問題意識 — 創造の方法が旧態依然なのはおかしい
>科学がこれだけ進んだのに、その科学を推し進めるための「アイデア」を作り出す方法が旧態依然として変わらないのはおかしい。もっと創造について研究して、創造を加速していくことが科学の発展のために必要なのではないだろうか。
>「DNA配列から共通するパターンを抽出したいなぁ」「大きくする」「…何をさ。」「上下逆さまにする」「…。」
そこで「情報科学版チェックリスト」を自作する
2. チェックリスト本体 — 約20項目、3系統
(a) 抽象化・一般化の操作(数学的な「ずらし」の目録)
定数を関数で置き換える/変数を確率変数で置き換える(ニュートン力学→量子力学、CSMAのランダム再送を例に)
ユークリッド距離を一般の距離に/{0,1}を [0,1] に(ファジー集合、レイトレーシングの確率的枝刈り、メガスターの特許まで具体例)
曲がった空間を考える/それは高次元の低次元投影ではないか/別の代数系に持ち込む(複素数・四元数)/双対を考える(「むしろ双対性が成り立つように定義を変えてしまえ」)
記法を作る — ここが面白くて、逆方向の「記法の定義を忘れて見た目から逸脱する」ことも推奨: 「この逸脱行為こそがヘヴィサイドの演算子法であり、数学的な裏づけは後から出てきたんだ」
(b) 行き詰まったときの行動
可視化してみよう/シミュレーションしてみよう/Google先生に聞いてみよう/人に説明してみる(「説明するためには当たり前だと思っていることに改めて注意を払わないといけない」)
(c) 批判的注意(無意識の前提を疑う)
捨てているものを思い出す — 本文中もっとも深い項目です: 「解析とは基本的に、膨大な情報から面白くないものを捨てることで面白いものだけ残すことだ」。平均→分散→歪度→尖度と順に「何を捨てているか」を追い、「この捨てられた情報はゴミの山だろうか宝の山だろうか」と問う。
平均に注意(加算/幾何/調和平均の使い分け、ぼかし処理は幾何平均であるべき話、Efron's dice)/0に近い値/例外に着目する(「例外は失敗ではなくチャンスだ」)
3. 読みどころ — チェックリストの正体は「自分の研究実践の抽象化」
項目群をよく見ると、当時の自分の研究がそのまま素材になっています。「抽象化」の例は「K平均法とSOMは本質的に同じでBL-SOMの特殊な状態がK平均法」(=修士研究の題材)、「曲がった空間」は「端のないものは無限に広がる…球面やトーラスで解決される。トーラスは場所によって曲率が異なるので美しくない。球面は有限でかつ曲率が一定」(=球面SOMの研究動機の言い換えそのもの)、「高次元の投影」はGC-content/GC-skew(=学部のゲノム4次元曲線研究)。つまりこれは一般論の収集ではなく、自分がアイデアを出せたときに何をしていたかを内省して操作として書き出したもので、「創造を工学する」を自分を被験体にして始めた記録です。
後年との接続で言うと:
(1) 問題意識はサイボウズ・ラボ入社時の自己紹介「research software to enhance creativity」(misc/index.html)に3年後そのまま接続し、知的生産術の仕事の源流になる。
(2)「Google先生」の項の理由づけ — 「検索エンジンが生まれるまで、人は自分が読んだ本と経験だけからしか思い出せなかったが、いまや読んだこともない大量の文章から関係のありそうなものを引っ張り出せる」— は、外部記憶を発想の道具として使う論で、現在のLLM協働観の直系の祖先に見えます。
(3) 末尾が「新しい項目:募集中」で、「何か思いついたらぜひご連絡ください」とチェックリスト自体を合作で育てる構え。
なお公開の経緯(2004/03/30「脳内にあったものを書き出した」→ 2004/07/05「放置しているのもなんなので公開」)も、書きかけでも出すという後年のスタイルどおりでした。
見比べた結果、予想以上に強い関係が見つかりました。盲点カードの1000番台のうち1013〜1028は、創造学チェックリスト(2004)が掲載順そのままに移植されたブロックです。
対応表(順序が保存されている)| 創造学(2004、掲載順) | 盲点カード | 変化 |
| 定数を関数で置き換える | 1013 | 同名・本文ほぼ逐語一致+一般相対性理論の例を追加 |
| 変数を確率変数で置き換える | 1014 | 同名・お茶碗のトンネル効果/CSMAの文まで逐語一致+乱択アルゴリズムへのリンク追加 |
| ユークリッド距離を一般の距離に | 1015 | 同名 |
| {0,1}でなければいけないのか? | 1016 実数の離散化 | 改名。Haar・反射率0.8のレイトレ・メガスターの例が逐語一致+ディザリング/PWM追加。ファジー集合の例は別カード1005に分離 |
| 高次元の低次元投影ではないか | 1017 捨てている次元を思い出す | 改名(「捨てているものを思い出す」の語彙に統一) |
| 掛け算をうまく使う | 1018 四元数 | 改名(2004年に自分で「『別の代数系に持ち込む』と書いたほうがいいのかな」と迷っていた項目) |
| 曲がった空間を考える | 1019 | 同名・同旨(「トーラスは美しくない」という主観の行だけ削除) |
| 1つでなければいけないのか? | 1020 | 同名 |
| 対称性を追い求めてみる | 1021 …/捨ててみる | 双対方向に拡張 |
| 人に説明してみる | 1022 | 同名 |
| 捨てているものを思い出す | 1023 | 同名 |
| 双対を考える | 1024 | 同名 |
| 記法を作る | 1025 | 同名。ヘヴィサイドの件も逐語級(「バカだとか言われるかもしれないが」→「論理的には正しくないが」と文体だけ改稿) |
| 名義尺度の扱い | 1026 | 同名 |
| 探索範囲を狭める/平均に注意 | 1027/1027 | 同名(ID重複あり)。エフロンのサイコロ健在、ぼかしの説明はガンマ値で正確化 |
| 0に近い値 | 1028 | 同名 |
移植されなかったものが示唆的です: 「抽象化してみる」(総論すぎる)、「逆問題」(2004年時点で本文が「?」の空項目)、そして「可視化/シミュレーション/Google先生/(人に説明だけ残存)」の行動系。数学的操作は20年生きたが、「行き詰まったときの行動」は道具の進化(可視化は本業になり、Googleは前提になった)で陳腐化した、と読めます。
構造的にわかること
盲点カード本体(1〜47)は創造学の後継ではない。本体は「誤った二分法」「ツリーとリゾーム」「観測範囲の問題」など認知・哲学系で、起源も別(2014-12-30、タロット×TRIZカード化の会話)。創造学の遺産はバックログ(1000番台)に合流した形です。
ただし両者は同じ不満から出発しています。
創造学(2004)「TRIZは物に束縛されていて情報科学に使いづらい」→分野を情報科学に狭めて具体化。
盲点カード(2014)「TRIZのより抽象度の高いバージョン」→逆に抽象度を上げて認知一般へ。
同じTRIZ批判への、10年を挟んだ2つの応答。
移植後も項目は生きて増殖しています。
「平均に注意」→1035「平均だけでなく分布の形状に注意」・1043「平均からのズレとサンプルサイズ」、
「捨てているものを思い出す」→1042「部分集合しか観測できない時、観測できなかったことに意味がある」、
「擬距離」→1044「距離は一種類ではない」。
単なるコピーでなく手入れされ続けている。
自己言及的な観察をひとつ: 1000番台の創造学ブロックは(1001→15のような)絵付きカードへの昇格例がまだ無いようです。数学的操作は絵にしにくい — そしてその理由自体がカード26「描きやすい絵のバイアス」として本体に登録済み、という入れ子になっています。