ユージン・ジェンドリン（Eugene Gendlin, 1926–2017）は、哲学者であり心理学者で、「フォーカシング」の提唱者として知られています。彼の哲学は、体験と意味の関係に注目したユニークな思想体系を持っています。以下に整理して解説します。

1. 体験過程（Experiencing）

ジェンドリン哲学の核心は「体験過程」という概念です。

人間の体験は、単なる感覚や感情ではなく、言語化される前の曖昧な全体性をもつ流れとして存在する。

これは「felt sense（フェルト・センス、フェルトセンス、感じられた意味）」とも呼ばれ、まだ言葉にならないが、確かに身体に感じられる曖昧な感覚を指します。

→ 彼にとって哲学や心理療法は、この「言葉になる前の体験」にアクセスし、そこから新しい表現や理解を生み出す営みです。

2. 言語と体験の相互作用

ジェンドリンは「言語は体験に根ざしていなければならない」と考えました。

言葉は体験に触れることで意味を持ち、体験は言葉によって整理・拡張される。

この往復によって新しい洞察が生まれる。

ここには、単なる分析哲学的な言語観とは違い、身体性と生成性を重視する点で独自性があります。

3. 「暗黙の秩序」(Implicit order)

人間の体験は、常に「次にどう展開するか」の可能性を含んでいます。

言葉にならない曖昧な感じ（implicit）が、適切な言葉や表現に出会うと「はい、それだ」と明確になり、新しい理解へ展開する。

適切な表現に出会うことが新しい理解へ進む助けになる

この過程が、心理療法の変化だけでなく、哲学的な思索や創造性の源泉になるとされます。

4. フォーカシングと哲学

ジェンドリンは心理療法の実践者でもあり、体験から生まれた方法論を「フォーカシング」として体系化しました。

クライエントが自分の体験過程に注意を向けることで、新しい気づきや自己理解を深める方法。

哲学的には、体験そのものが「思考の素材」であり、理論化よりも先にある根源的な次元として重視されます。

5. 影響と位置づけ

フッサールやメルロ=ポンティの現象学の流れを継承しつつ、心理療法の実践に接続したのがジェンドリンの特徴です。

「思考は体験に根ざす」という立場は、分析哲学的な形式論理よりもプラグマティズムや実存主義に近い。

後年の哲学では「プロセス哲学」にも通じる動的な存在理解を展開しました。

まとめ

ジェンドリンの哲学は次のように整理できます：

1. 言葉になる前の「体験過程」を重視

2. 言語と体験の相互作用によって新しい意味が生成される

3. 「暗黙の秩序」が次の理解を方向づける

4. 哲学と心理療法を架橋する実践的な思想